鋼材の焼入れとは? 加工に関わる熱処理の基礎知識

鋼材の焼入れとは? 加工に関わる熱処理の基礎知識

鋼は、熱によって硬くなったり柔らかくなったり、脆くなったり粘り強くなったりする性質を持っている金属です。熱したり冷やしたりする「熱処理」を行うことで、さまざまな特性を持たせることができます。この記事では、熱処理で鋼材が硬くなる原理や、鋼材に行う熱処理の種類などをご紹介します。

焼入れとは?

鋼材は加熱や冷却といった「熱処理」を施し、組織を変化させることで、硬さや粘り強さ、耐衝撃性、耐摩耗性、耐腐食性、被削性などをコントロールできます。焼入れは、鋼を一定以上に加熱してから冷却する熱処理の一種です。
鋼の組織構造が変化する温度を変態点や変態温度と呼びます。鋼を変態点以上の温度まで加熱したあと、水や油などで急激に冷却して組織構成を変え、強度を高める技法が焼入れです。英語ではハードニング(Hardening・硬くする)やクエンチング(Quenching・急冷する) などと呼び、JIS記号では「HQ」と記載します。焼入れを行うことで、鋼材を硬くして摩耗性や耐久性を高めたり、ひび割れなどの破損を防いだりする効果が期待できます。

熱処理で鋼材が硬くなる原理

常温において、鋼の金属組織にはフェライトと呼ばれる柔らかい純鉄部分と、セメンタイトと呼ばれる硬い炭化物部分の結晶が不均一に存在しています。この状態の鋼を800~900℃に加熱すると、フェライトとセメンタイトは結晶が分解されて混ざり合い、オーステナイトと呼ばれる金属組織に変態します。オーステナイトは、炭素が均等に分布しているのが特徴です。

オーステナイトに変態した金属を急冷すると、炭素が均一化してマルテンサイトと呼ばれる硬い組織に変化します。 これが、熱処理で鋼材が硬くなる原理です。基本的には、炭素の含有量が多いほど、焼入れ後の硬度は高くなります。

焼入れの種類

焼入れは複数の種類に分けられ、方法ごとに影響や仕上がりの硬度が異なります。代表的な焼入れの種類とそれぞれの特徴は、以下のとおりです。

・ズブ焼入れ

鋼材の内部まで熱を加えて、全体を硬くするのがズブ焼入れ(全体焼入れ)です。ズブ焼入れを行った鋼材は、引っ張りや圧縮などに強くなります。

素材の全体を焼入れするので、サイズが大きいほど内部の焼入れが不十分になったり、加工に時間がかかったりする点に注意が必要です。
また、素材全体を加熱する分、冷却速度が遅くなるため、表面の硬度は低くなります。

・浸炭焼入れ

素材の表面に炭素を浸透させて行うのが浸炭焼入れです。表面の硬度と内部の靭性を両立することができます。浸透させる炭素の量や場所を調整することで、硬度を自由に変えられる点もメリットです。

・高周波焼入れ

焼入れしたい素材に高周波コイルを巻きつけ、誘導電流を流すことで焼入れを行う方法です。鋼材の表面だけ硬化させる表面焼入れで使われます。素材の表面は硬く、内部は元の硬度を保てるのが特徴です。

・真空焼入れ

真空中で焼入れを行う方法です。素材が酸素に触れないため、表面の酸化を防ぐことができます。表面がきれいに仕上がり、研磨などの後工程を削減できるのがメリットです。

・窒化焼入れ

素材の表面に窒素を浸透させて焼入れを行う方法です。窒素が浸透した部分だけ、硬度を上げることができます。焼入れ後の変形が少なく、摩耗性や耐熱性などを向上させる効果があることから、精密部品の焼入れに使われることが多いです。

焼入れ時の注意点

素材に適した焼入れを行わないと、求めている硬さが得られないだけでなく、割れやひずみが生じる可能性があります。焼入れ時は、以下の2点に注意することが重要です。

・加熱温度

焼入れの際に加熱する温度が低かったり時間が短すぎたりすると、鋼材の組織が十分に変化せず硬度が上がらない「不完全焼入れ」が起こる可能性があります。一方で、加熱温度が高すぎたり、加熱が不均等だったりする場合も、割れや変形、焼きムラの原因になりかねません。加熱する際は、適度な温度で加熱し続けることが重要です。

また、加熱後の冷却速度が遅い場合も、鋼材の硬さを得られなくなります。臨界区域と呼ばれる550℃ほどの地点までは急速冷却を行い、それ以下の温度ではゆっくりと冷却を行うのがポイントです。臨界区域以下の温度でも急冷を行うと、表面と内部で組織が変化してしまい、ひずみや割れの原因になります。

・鋼材の焼入れ性

焼入れ性とは、焼入れによって鋼材がどれだけ硬くなるかを表すものです。焼入れ性は炭素だけでなく、その他の元素によっても左右されます。変化の度合いが高いほど焼入れ性は良く、空気や油など、冷却に使う媒体を選びません。一方で、焼入れ性が悪い鋼材の場合は、水などで急冷しないと目的の硬さにならないため、使える冷却材が限られます。

特に、加工物が大きいと、質量効果と呼ばれる現象で冷却速度が遅くなる傾向にあります。大きな鋼材は、質量効果を踏まえて焼入れを行うことが重要です。

焼入れ以外の熱処理の種類

鋼材の熱処理には、焼入れ以外にも3つの方法があります。それぞれの特徴や得られる効果は、以下のとおりです。

・焼きもどし

焼入れによって鋼は硬くなりますが、靭性がないため割れやすく、材料として使いにくくなります。焼入れ後に再加熱することで、硬さを調節しながら靭性を高め、金属を粘り強くするのが焼もどしです。英語ではテンパリング(Tempering)と呼ばれ、JIS記号では「HT」となります。

焼入れだけでは材質としての丈夫さが得られないため、焼入れの後 には焼もどしもセットで行うのが基本です。焼もどしの方法は、150~200℃で行う低温焼もどし、550~650℃で行う高温焼もどしの2つに大きく分けられます。

・焼なまし

適切な温度で鋼材を熱した後、長時間かけて冷却するのが焼なまし(焼鈍・しょうどん)です。英語ではアニーリング(Annealing)、JIS記号では「HA」となります。

焼なましの目的は、鋼材の成分や組織を均質化したり、炭化物偏在や加工硬化を改善して加工性・切削性を得たり、応力を取り除き割れを防いだりすることです。どのような効果を得たいかによって、拡散焼なまし・完全焼なまし・球状化焼なまし・等温変態焼なまし・応力除去焼なましなど、焼なましの方法は異なります。

・焼ならし

鋼材は鋳造や鍛造、圧延といった方法で作られますが、そのままでは組織が不均一で、十分な強度がありません。焼ならし(焼準・しょうじゅん)は、金属の組織を均一化し、機械的性質を高める目的で行う熱処理です。英語ではノーマライジング(Normalizing)、JIS記号では「HNR」と表記されます。

変態点より30~50℃高い温度まで加熱したあと、空中放冷により冷やすことで、加工時の影響を取り除きます。 このとき、常温まで空中で放冷する方法を普通焼ならし、熱した鋼材を火色が消失する温度まで空中放冷してから、容器内でさらにゆっくり冷却する方法を二段焼ならしと呼びます。 材料が大きい場合、表面と内部で温度差が出るため、二段焼ならしを行うのが一般的です。

熱処理によって被削性を改善することも

焼入れを行うことで、鋼の内部では元素や化合物同士の結びつき方が変わり、鋼材の硬さや粘り強さも変質します。熱処理によって被削性が大きく変化するため、適度な被削性を得るために、熱処理を行う場合もあります。

例えば、炭素量が0.4%以下の鋼材は母材が柔らかく、溶着や切り屑処理が課題です。そのため、焼ならしにより硬度を増すことで改善します。 炭素量0.4~0.6%の場合、母材が硬いため焼なましを行い、硬度を落とすことで、切削速度を上げ工具寿命を延ばすことができます。 炭素量が0.6%を超える場合は、炭化物の組織形状を球状化させることで被削性の向上を狙います。このとき行う熱処理が球状化焼なましです。

焼入れ鋼を加工する際の工具選定のポイント

焼入れ鋼(高硬度鋼)を切削する際は工具摩耗が激しいため、切削効率を向上させるうえでは、工具の選定がポイントです。 切削速度と送り速度を高める一方、切り込み量を少なくする加工法を採用し、剛性の高いホルダを使い突き出し量を短くすることで、安定した精度の高い加工が行えます。 工具断面積を大きく確保できる多刃で、ネガティブすくい角のものは、刃先とボディの強度が高く焼入れ鋼の切削に適しています。

また、刃先のネガランド処理など、強度が向上する処理が施されているものも有効です。 高温特性・耐熱性などに優れたコーティングがある超硬工具や、高硬度鋼加工専用のCBN(立方晶窒化硼素)を用いた工具の選定でも、工具寿命を向上させることができます。

素材に適した方法での熱処理が重要

鋼は焼入れや焼もどしなどの熱処理によって性質を変えることができ、硬さや粘り強さを調節することも可能です。熱処理の方法は複数あるため、加工する素材に適した方法を採用することが求められます。
また、熱処理は素材の被削性も左右する要素のひとつです。工具寿命や加工精度を向上させるために、被削性に適した工具を選定することも心がけましょう。